記憶の底に 第7話


体調のすぐれないルルーシュの代わりにスーパーに来ていたロロは、新緑の長い髪をなびかせ歩く女性を見つけ、後をつけた。
女性は後ろを振り返る事無く、迷いの無い足取りで前へ前へと歩き、人気のない公園へ足を踏み入れた。
しばらく後をつけていると、女性は周りに人がいない事を確認した後、振り返った。
その目は確信を持って、じっと一点を見つめている。
そこは、ロロが尾行のため姿を隠している場所。
気づかれていたかと、ロロはすっと目を細めた後再び歩き出した。

「僕の前に堂々と姿を現すなんて、馬鹿にしているんですか?」

ロロは目の前に立つ女性にそう尋ねた。
目の前に居るのは新緑の髪を持つ魔女。
この魔女を捉える事が自分の任務だった。

「緊急事態だからな。どうやらシャルルはルルーシュを見殺しにするつもりらしい」
「・・・何の事ですか?」
「学園内でのルルーシュの行動、遠くからだが見ていた。あれは水中毒だな?しかも既に致死量を幾度も口にしている。先日お前とあの金髪の男と共に出かけた先では中毒症状で意識を無くしたな?一歩間違えばこん睡状態になる所だったはずだ。そして、そこを超えれば死ぬ」

軽度の中毒なら疲労感が増し、悪化すると頭痛がひどくなり嘔吐を繰り返す様になる。精神的に病み始めるのもこのころからだ。
先日は更にひどい中毒症状を起こし、意識を無くした。その少し前に腕が震えているのが望遠鏡から見てとれたので、痙攣も起きていただろう。危険すぎる状態だった。
そこを超えれば神経伝達が阻害され、死に至る。
その事に当然気づいているだろう偽りの弟は、一瞬表情を歪ませたが、すぐに元の無表情に戻った。

「・・・だから何なんです?ルルーシュは所詮ただの餌。役目が終われば廃棄される存在です。そう、C.C.、貴方を僕が捕まえた時点で、死んでも問題は無い」

ロロはそう言うと、ギアスを発動させた。

「私にギアスは効かない。聞いてないのか?私はV.V.と同種だよ」

その言葉に、ロロは眉を寄せた後ギアスを解いた。

「ルルーシュは唯の餌、死んでもかまわない、か。それは本心か?」
「何が言いたいんです?」

ロロは冷めた目でC.C.を見た。相手は魔女、何を仕掛けてくるか解らない以上警戒しなければならない。

「ルルーシュの記憶、私なら元に戻せるだろう」
「・・・そうですか」
「だが、今まで共に居たお前の記憶が消えるわけでは無い。私が口添えしてやるよ。お前を、弟として傍に置くように、と」
「余計なお世話です。兄弟なんて面倒な役、早く終わってほしいと思っていた所なんですから。あんな病人の相手はもうしたくはありませんから」
「それは本心か?」
「当然です」
「嘘だな」

今までの感情の見えない声音から一転、C.C.は嘲笑う様に言った。

「私はルルーシュの共犯者であると同時に、シャルルの共犯者でもある。その私を騙せると思ったのか?」
「皇帝の共犯者?そんな嘘で騙せると?」
「ほら、証拠ならあるぞ?」

C.C.はそう言うと、2枚の写真をロロに手渡した。
そこに映し出されているのは、今より若い皇帝とV.V.、黒髪の女性とC.C.。黒髪の幼子を腕に抱くC.C.と、お腹の大きな黒髪の女性。

「赤子はルルーシュだ。そしてその女性はルルーシュの母、マリアンヌ。私達は友人だった」
「・・・合成ですね」

あり得ない写真だと、ロロはその2枚をC.C.へ差し出した。

「いや?もし合成だとしたらV.V.はどうして映っているんだ?それにお前知らないだろう?ギアス響団の先代響主は私だよ」
「え?」
「私がルルーシュの傍に居るのも、全てシャルルのシナリオなんだ。V.V.は邪魔ばかりするから知らされていないようだが」

あれは精神が子供だからな。とC.C.はその写真を見て懐かしそうに目を細めた。

「皇帝の!?」
「V.V.は何かと子供じみた邪魔をする。ルルーシュとナナリーは日本に置くとシャルルが日本との開戦前に決め、留学と言う名目でここへ送ったんだ。それを枢木とV.V.がブリタニアに戻したため、こういう面倒な手を使い再びルルーシュを日本に戻した。おそらくナナリーも間もなく日本に戻されるだろうな」
「それを信じろと?」
「信じるかどうかはお前の自由だ。ただ、今のままではルルーシュは死ぬ。自分で自分を制御できず、過剰な水を飲んでな。お前はあれがどうしてあれほどの水を欲するか知っているか?」
「いえ?」
「シャルルの記憶改竄に今だルルーシュは抗っているんだよ。無意識にな。失われた記憶を求める心が渇きを呼ぶ。違和感の大きなものを前にすると余計に飢える。ジュリアスと呼ばれていた時は自身の存在自体に違和感を感じていた。名前も経歴も、全て存在しない人物に書き換えられていたからな。スザクを着けることで記憶を安定させていたが、それにも限界があった。今は1年前まで住んでいた場所、友人、名前を戻すことで安定させているが、妹の代わりに居るお前と、枢木の代わりに居るあの金髪、そして敵であったヴィレッタに対して拒絶反応を起こし、それが渇きとして表れている」

封じられた記憶の底に眠る本当の記憶との違いに無意識に反応し、記憶を取り戻したいと足掻いている。
ナナリーとスザク。その二人に共通した記憶は幼い頃のあの夏の日。
思いだせ、あの夏の日々を共に過ごしたのは誰なのかを。
あのひまわり畑を共に見たのは誰なのかを。
お日様のような笑顔だと思ったのは誰なのかを。
命をかけて守らねばと思った存在がどんな状態だったのかを。
三人でどのように遊び、どのように笑ったのかを。
その思いが、ルルーシュに夏の暑さを思い出させている。
それがさらに渇きを呼び、その身を焦がし続けているのだ。

「僕たちが、あの症状の原因だと?」
「そう言うことだ。あれは若く、健康だったから今まで持っていたが、そろそろ限界だ。このままでは長くは無い」

幾度もルルーシュの命の火種が消えかけるのを、コードを通し感じ続けていた。
一時安定し、安堵したというのに、最近になって突然悪化した。

「・・・だとしても、皇帝の命令に従います」
「残念だが意味は無い。私も日本に配置された駒にすぎないからな。本国に戻されても、また理由を着けてここに戻されるだけだ。ルルーシュと共にな。ただ、その時にはお前は居ないだろうが」

私を捉え、ルルーシュを留めておく理由を消す存在だからな。

「・・・どういう事ですか?」
「お前達機密情報局はルルーシュの監視としてアッシュフォードに居るが、それはあくまでも表向きの話。正しくはルルーシュの護衛なんだ」
「よくそんな嘘が次々出てきますね」
「本当の話だからな。私は嘘はつかない。よく考えてみろ。確かに私は不老不死だが、それだけの存在だ。その私一人を捉えるためだけに1000人に近い人間の記憶を書き換え、100人に近い人間を配置するか?しかも記憶の書き換えのために、お忍びで皇帝自ら学園に足を運んでいるんだ。あり得ないだろう?こんな小娘一人、指名手配をし、各地に検問を敷けば捉えることなど容易だというのにな。ルルーシュを守るために、危険な人間を排除し、自分の直属の部隊に守らせているんだよ。一番危険なのがV.V.だから、表向きは私の捕獲と監視としているがな」
「嘘だ」

ロロは信じられないと首を振った。

「私は嘘はつかない」

同じ言葉を再び口にする。
嘘はつかない。
だが、全ての真実を口にするわけではない。
これは魔女の毒。
この毒に抗える者などそうはいない。
ルルーシュを、牢獄から救い出すため。
ルルーシュを、渇きから救い出すため。
私は魔女の毒を言葉に乗せ、目の前の愚かな獣に語りかけた。

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